408
出典: 新生讃美歌ウィキ
「救い主なるイエス君は」 詞:天利信司
これまで、バプテスト教会で主に使われてきた日本基督教団出版の『讃美歌』、日本福音連盟聖歌編集委員会編集の『聖歌』はいずれもプロテスタント教会の教理的立場において編集されているので、その歌詞には、しばしばバプテストの信仰とは相容れない教理的内容が見られ、特に、教会観や礼典観に多くの問題点があった。この詞は、バプテストにふさわしいバプテスマ式にふさわしい歌詞の必要性を感じ、創作したものである。 1節は、イエスのバプテスマの意味を歌い、イエスは我々の模範としてバプテスマをお受けになられたこと、第2節は、それが御自身の福音の真理である死と葬りと復活の証しであること、そして、また、我々の救いはバプテスマによるのではなく、我々の救いを望みはすべてキリストの十字架の犠牲にのみあり、それにより頼むべきことを歌っている。さらに第3節においては我々のバプテスマの意義を歌っている。すなわち、ローマ人への手紙6章3~13節の聖旨を要約して、第1に我々が受けるバプテスマが「イエスの死にあずかるバプテスマ」であること、第2に、それゆえ、主の命令に従って、その死にあずかるバプテスマを受け、イエスと共に罪に死に、葬られ、キリストと共に新しいいのちに生きる決意を表している。ここにバプテスマは、我々に積極的な聖別の生涯を主とともに送るべきことを指し示しているわけである。さらに、バプテスマの様式も、それが象徴する主イエスの死と埋葬と復活にふさわしく、明らかに理解されるように、「沈め」という言葉を用いている。第4節においては、信仰者はバプテスマを通して主の教会に加えられるものであること、そして教会の一肢体として、マタイによる福音書28章19、20節にしるされているイエスの使命を積極的にになうキリスト者の姿を示している。また、バプテスマが神と御使いと聖徒達の前で主の命令に従い行く聖なる誓約であるところから、その厳粛さと喜びを歌っている。 (天利信司)
